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TBS「運命の人」低視聴率の理由 [テレビ番組]

 鳴り物入りのドラマ「運命の人」が視聴率的に不振だという。2月最終週は1桁に落ち込んだ。ネットではなぜ低視聴率なのか議論がなされている。それによると人気と実力を兼ね備えたとされるプロデューサーが製作に携わっており、恐らくドラマ的な作りとしては水準の高い作品なのだろう。演じ手も一流である。筆者もこの番組は毎回見ているがそう思う。(個人的には40年代の室内の装飾や家電製品、車のリアリティを楽しんでるのが視聴の理由なのだが。)だが毎回感じることがある。一言で言うと時代感覚が今と違いすぎるということだ。例えば主人公の弓成亮太。彼が法廷でそして職場で、家庭で妻にテープレコーダー(古い言い方で恐縮だが)を回したように繰り返しいうのが「知る権利」だ。このドラマのモデルとなったのが西山事件であるのはいうまでもない。法廷で国と新聞社で「知る権利」が争われたという歴史も承知している。当時の新聞社の編集局をリアルに再現されたという煙草の煙の充満している職場。そこで新聞記者たちが「知る権利を奪うな」と強弁するその姿とそれが常識だった時代が、今と明らかに違い、興趣が剃れるのだ。Youtubeで海自のVTRが世界に流れ、個人がSNSでつぶやく時代。そこには一市民と国会議員の区別はない。さらにはマスメディアが取材され、その手法が一個人によって批判される時代。知ると発信が「相対化された時代」この感覚からすると「知る権利」を盾に自分の主張を曲げない主人公には感情移入するどころか滑稽さと哀しみを感じてしまう。(このドラマの誰に共感し、志向の軸足をもとめるのかが定まらないという構成自体の問題はふれない)逆に国民の知る権利を守れというが国民を代表している意識の傲慢さ。それが今の時代から照射されてしまうのである。
 新聞記者が政治家の家に入り込み、着替えまで立ち会うシーンが番組では紹介されている。この演出の背景にあるのは「番記者」と呼ばれる政治家に密着した記者の生態である。戦後にできたものと思う。これをみさせられると「知る権利と癒着を新聞記者は自己目的のために使い分けている」そんな思いに落ちたりもするのだ。
 
 
巨額の制作費を投資しながら低予算の「家政婦のミタ」にトリプルスコアで惨敗した「南極物語」。この惨敗の理由と「運命の人」の不振には共通するものがあるように思える。時代認識のずれだ。それともうひとつ制作者側の「失敗したくない」という姿勢。社内では決定力のある50代、60代の意見、視聴者的にはテレビをみない若者は捨て、60代、70代の高齢者をターゲットにした番組作り。これが結局裏目に出ている。優等生のおかしがちな失敗。いかにもTBSらしいとも思うのだがみなさんはどう思うのであろうか。


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