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「常識」と「現実」を混ぜるな 2013年8月19日 [随想]

 立川談志を考えるに二つのキーワードを抽出したい。「常識」と「現実」である。我々一般の陥りがちなのはこの二つが表裏一体不可分のものとして人生の全てに横たわり、それとうまく付き合えた者が人生の達人であり、成功者になると考えることだ。年を経るにつれ、経験が溜まるにつれ、そうした傾向に人は向かう。常識という縦の弦と現実という横の弦で組み合わさった篩いに人はかけられ、それを受け入れた人間は落ちていく。しかしそうした篩にかけられても決して落ちない人種が世の中にはいる。そうした人間は異端とされ、現実の世界からは疎んじられるときもある。だがこうした類の人間こそがある意味時代の魁なのであり、未来を開いていく者たちなのだ。
 談志の場合、「常識」には常に立ち向かう一方で「現実」には冷めた目で見て分析していたと筆者は考える。彼の中で「常識」と「現実」は明確にそして意識的に分離されていたに違いない。考えてみれば落語家として当たり前の立ち位置である。前項で記したように彼は「考え抜く力」があった。故にそれは落語家の肉体に言霊として宿り、精神として脳内に住み続けた。年を経ても創造力を保ち続けるにはこの「常識」と「現実」への意識が乖離した状態が無意識に一人の人間の中で存在し続けることが必要なのかもしれない。 今日はやや抽象的になってしまった。


タグ:立川談志
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