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歌詞への過剰な緻密さ~「あまちゃん」シナリオ~ 2013年10月4日 [テレビ番組]

 「あまちゃん」台本で舌を巻いたのは脚本の中での歌曲だった。潮騒のメモリー然り、「地元へ帰ろう」然り。例えば週刊文春で町山智宏が指摘しているように「早生まれのマーメード」は2月4日生まれの「渚のはいから人魚」を歌っていた小泉今日子で、「友達少ないマーメイド」は東京に居た頃いじめられっ子だったアキ、「三途の川のマーメイド」はアイドルになり損ねた若春子(番組では天野春子の若い時代の生き霊)。最後は三途の川を書き換えることで成仏する。と言った具合で見事に歌詞と芝居と現実がつながっている。歌詞は脚本家ではないプロ作詞家にまかせるのが普通かもしれない。だが、そこも含めて宮藤官九郎にやらせたからこそ、驚くような演出となるわけである。最も終盤で忠兵衛が遠洋漁業の船の旅に出、それを夏ばっぱが港を探すシーンはやりすぎかなと思ったが。まあ宮藤官九郎のネタばらしということかもしれない。脚本のパワーの3割を歌詞にあて、常にその歌詞を芝居に取り入れる方法は誰かが先にやったのかもしれないが、連ドラでは初めてかもしれない(実は連ドラは生まれてこの方殆ど見てなかった)他とは違う過剰さがあると独創が生まれる。そういうことなのだろうか。
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